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読みました…
佐伯泰英著「居眠り磐音 江戸双紙~更衣の鷹(上・下)」読みました。

実は怖くって、読む前に心の準備としてファンの方々の感想を検索したんですよ。(←犯人を先に知ってても大丈夫なタイプ)

でも、まだ発売間もないこともあってか、皆さん詳細に触れるのは遠慮なさっていたみたいで。とにかく「衝撃的!」とか「心して読め!」などなど、小心者がさらにびくびくするようなコメントばかり…

それで何となく起こるんだろうな、という事柄が推測できましたので、ある程度の心の準備をしてから読むことができました。ふぅ…

以下、ネタバレあり。ご注意の上お読みください。内容に関しての責任は持てません。

















上巻は何ともないんですよ。家基様の危険度が増して行く過程なので、まだ大丈夫。でも、下巻が…

家基様の死は、歴史上の事実として「近々起こる」とわかっていたものの、あまりにもあっけなくて(あんなに必死で守ってきたのに、結局毒殺かい!)。さらに、そこからの最期(皆さまが「衝撃的」と言う箇所)が何ともやりきれなくて…ただただ、泣きました。1回しか読んでないんですが、思い出す度に泣けてきて、お料理しながら泣き、洗濯物を干しながら泣き…ご近所さんからはさぞ怪しいヤツと思われたことでしょう(笑)

これまで1巻からずっと読み続けてきて、磐音さまにとって辛いことがたくさんたくさんありましたが、最近では佐々木家に入ったことで、生活は安定し、おこんとの仲もむつまじく、敵にはことごとく勝利し…と、読者の自分が「平和ボケ」していたのかもしれない。そんな風に思いました。

過去も現在も、「死」は必ず訪れるものであってそこに違いはないのですが、現代人にとっての「死」は、過去の人が感じているよりもずっと遠い感覚で、寿命を全うする方が当たり前のように思っているんですよね。少なくとも私はそうです。

だから、今回の大先生が選んだ道を目の当たりにしたとき、「そこまでしなくても…」という気持ちが正直なところありました。話をドラマティックに展開させたいから、著者がそうしたのではないか、とすら思いました。

でも、あくまでも磐音が生きる世界は“江戸時代”であって、生と死が当たり前に隣り合わせに存在している。しかも、彼らは武士。戦がなくなって数百年の時代とはいえ、それでも武士たるものがとるべき道はあれしかなかった、もしくはあれが当然だったのかもしれない、としばらくして冷静に思えるようになりました。

それでも、そういう時代背景を(自分にできる限り)理解した上で、それでもなお言いたい気持ち。

大先生には違う道を選んでほしかった。
終わらせないでほしかった。



これからの磐音やおこん、速水様、今津屋、依田様ほか道場の弟子たち、関前藩の人たち、磐音の家族…が、どうやって生きて行くのか、乗り越えて行くのか、私には想像ができません。

愛する人が選んだ道だから、とすんなり受け入れられるのか?? でも、受け入れられるのは武士だけだと思うんですよ。町人、商人にしてみたら、「なぜ、侍はすぐにそういうことするかな」って疑問に感じるのがフツーなんじゃないんでしょうか。

私の中では喪失感が果てしなく続いていく気がします。

道場のこと、田沼意次のこともまだまだ解決していませんが、こちらはまだ希望が持てます。田沼時代も永遠ではないわけですし。田沼意次が老中である限り厳しい追及は止まないと思いますが、磐音さまは一介の浪人状態に戻ったわけですから、手出しにも限りがあるんじゃないかと。希望的観測ですが。


それにしても…(これまた個人的感情)

田沼意次、ホントに嫌いになったなぁー。史実としての田沼がどうのじゃなくて、この作品に出てくる限り、嫌い。私も磐音さまたちと一緒に、聡明な家基様が幕藩体制を立て直してくれるのを夢見ていたんでしょうね。歴史にifはないですが、家基様が将軍を継いでいたら…もう200年くらいは江戸時代が続いていたかも? なんて思うと、ifの世界を覗いてみたくなるじゃないですか。

私にとってはifですが、当時の磐音さま(じゃなかったとしても実在した江戸時代の人々)は、リアルに中興の祖を求めていたと思うんですよね。その夢を権力につぶされた。悔しいし哀しいし、どうにもできない無力感、絶望。

良き政策を行った事実もあるらしいが、現代における町人の私からみたらトンでもなく好き勝手しまくったヤツとしか思えない。(の割には、松平定信の寛政の改革に耐えかねて、「白河の清きに魚も住みかねて もとの濁りの田沼恋しき」なんて詠ったりもしていて、庶民も勝手なモンだが…)

そして、家基様のお父上・家治公もなんてヤツだ、と思う。日光社参の時はあんなに世子の安否を気遣っていたじゃないか。優秀すぎて煙たくなったのか? それとも、信じまくっている田沼にうまいこと騙されていたのか? 全く理解できない。親としても、将軍としても…これまた無念。



言いたい放題ですみません。ずっともやもやしてたもので。

ちなみに、これまでのシリーズは、折に触れて読み直したり、気に入った巻は何度も何度も読んだりしてきましたが、「更衣の鷹」は上下巻ともに封印です。っていうか、封印なんてしなくても読み返す気がしないのです(デスクに出しっ放しになっているけれど、開く気が起きません)。今回の展開が嫌とか哀しい、とかじゃなくて。一度読めば、今の私には十分というか。

次の巻が出版されて(これまでのペースだと、4月ごろ?)、それを読んだら気持ちが変わるかもしれません。

私は基本的に、著者の佐伯さんには「読者の感想(賛否)に流されず、自由に描いてほしい」と思っているタイプなのですが、今回の大先生については、何としてもしっかり次の巻で書いてほしいです。

例えば、磐音とおこんの祝言のシーンは、読者が待ち望んでいたにも関わらず、ものすごくあっさりと書き流していましたよね? ああいう感じで今回の事件を流さないでほしいんです。それくらい登場人物に多大なる影響を与えているし、そこを抜いては、次の希望を見いだし生きて行くことができない、と思うんです。

みんなが嘆き悲しむ表現をしてくれ、と言っているわけではなく、そのことをそれぞれがどう受け止め、どう接し、どう乗り越えていくか、を丁寧に書いてほしいということなのです。その結果、各々が今後どういう道を選ぶのかは、著者次第。私たち読者はついていくだけです。。

そういう意味もこめて、次巻以降に期待します。
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